1. TOP
  2. 犬神家の一族の遺産相続に隠された謎

犬神家の一族の遺産相続に隠された謎

犬神家の一族の遺産相続に隠された謎

相続財産が多いと血肉の争いが巻き起こる・・・ああ、故人はあの世で何を思うのか。

今までうまくいっていた親族関係ですら遺産相続は亀裂をもたらすことのある問題ですが、さらに故人の人間関係が複雑化してくるとドラマのような悲劇が起こりかねません・・・

遺産相続の悲劇といえば横溝正史の長編推理小説『犬神家の一族』が有名です。
『犬神家の一族』は、財閥一族の複雑な人間関係が引き起こした殺人事件が題材になっています。

一代で膨大な財を成した犬神佐兵衛(いぬがみさえもん)が残した遺言状。この遺言状がきっかけとなり、おぞましい殺人事件が勃発するのです。

ここでは、金田一耕助に因んで『犬神家の一族』の映画やドラマには描かれていない、遺産相続に隠された謎を解いていきたいと思います。

犬神家の一族の家系図と簡単なあらすじ

金田一耕助シリーズの一つである『犬神家の一族』は何度も映画化やドラマ化されているのでご存知の方は多いと思いますが、まずは登場人物と簡単なあらすじをお話します。

【犬神家の一族】家系図

【犬神家の一族】家系図

【犬神家の一族】あらすじ

【犬神家の一族】あらすじ

昭和20年代初期、犬神財閥の創始者 犬神佐兵衛が信州那須湖畔の本邸で巨額な財産を残し81歳で死去した。

佐兵衛は生涯に渡って正妻を持つ事はせず母親の違う三人の娘がいる。三人の娘は佐兵衛の実子として認知されていた。

さらに、佐兵衛が50歳の時にできた愛人 青沼菊乃(あおぬまきくの)の間に息子 静馬(しずま)が生まれ、初めての男子に喜んだ佐兵衛は犬神家の家宝である「よき(斧) こと(琴) きく(菊)」を与えた。

このことを知った三人の娘は、犬神家に跡取り息子ができたとなると巨額な財産までも青沼菊乃と静馬のものになることを妬み恨んだ。

三人の娘は愛人親子を襲い「よき(斧) こと(琴) きく(菊)」を奪い返すとともに、静馬は佐兵衛の息子ではないと菊乃に無理やり一筆を書かせたのだった。
青沼菊乃は三人の娘へ「いつかこの仕返しをせずにはおかぬ。いまにその斧、琴、菊がおまえたちの身にむくいるのじゃ。」と言い放ち、静馬と共に姿を消してしまった。

また、犬神佐兵衛には野々宮珠世(ののみやたまよ)という絶世の美女を養子として迎えていた。珠世は佐兵衛の恩人の孫であり両親を相次いで亡くし孤独な身であったため養子として迎えたのであった。野々宮家で下働きをしていた猿蔵も一緒に犬神家に迎えられ珠世の身を守っていた。

三人の娘達は愛人や養子に愛情を向ける佐兵衛が、自分や母親には愛情が向けられることがなかったと感じて育ち、卑屈な性格で互いに仲が悪かった。
娘達は婿養子をとり、それぞれに一人息子がいた。長女 犬神松子(いぬがみまつこ)の夫は他界していたが、次女 犬神竹子(いぬがみたけこ)と三女 犬神梅子(いぬがみうめこ)の夫たちは佐兵衛が創業した犬神製薬会社の幹部に就いていた。

佐兵衛が死去する直前に遺言状を犬神家の顧問弁護士 古舘氏に預けてあった。
遺言状は犬神一族が全員揃った場で開封するように佐兵衛から言付けられていたが、長女 松子の息子 佐清(すけきよ)が出兵先のビルマから戻っていなかったため、古舘法律事務所の金庫に保管されていた。
しかし、長女 松子が古舘弁護士の部下である若林弁護士に詰め寄り、遺言状の中身を先に見てしまった。

佐兵衛が亡くなり間もなく、ビルマから松子の息子 佐清が帰還したが、頭全体を覆う奇妙なゴムマスクを被っていた。
佐清は元々はとても端正な顔立ちで、竹子・梅子の息子とは違い性格も穏やかな青年だった。しかし、戦地で顔に酷い大火傷を負いそれを隠すためにゴムマスクを被っていたのだった。

佐清が戻り、犬神家の一族が全員揃ったところで遺言書が開封されることになる。

遺言状には、


一、全相続権及び犬神家の家宝“よき(斧) こと(琴) きく(菊)”の三つを、野々宮珠世に与える

二、野々宮珠世の相続権は佐清(長女 松子の息子)、佐武(すけたけ 次女 竹子の息子)、佐智(すけとも 三女 梅子の息子)の中から配偶者を選ぶことを条件とし、それ以外の配偶者を得た場合は相続権を失う

三、珠世が相続権を失うか死んだ場合、犬神家の財産は5等分され三人の孫息子に5分の1ずつを、残りの5分の2を青沼菊乃・静馬が相続すること

と、記されていた。

遺言状に三人の娘は自分達の事が一切書かれていなかったことでますます険悪な仲となり、遺産相続の唯一の手段である珠世と息子が結ばれるように争いが始まるのであった。

若林弁護士もまた、秘かに珠世に恋心を抱いていたので珠世の身を案じ、「近頃、犬神家に容易ならざる事態が起こりそうなので調査して欲しい」と、東京で名の知れた探偵の金田一耕助に依頼をしたのであった。

しかし、金田一耕助が東京から犬神家のある那須湖畔に訪れた直後、珠世の乗るボートが転覆しそうになるのを目撃し、若林弁護士は金田一に会う前に何者かに毒殺されてしまった。

古舘弁護士は若林弁護士が金田一耕助に依頼をした事情を知り、金田一耕助を伴って犬神家に訪れた。
金田一耕助も遺言状の内容を知り、珠世がこれまでにも何度か命を狙われたことがあることを話した。

ゴムマスクを被った佐清は本人と判明できないほどの火傷でまたその火傷の影響か声も変わっていた為、偽物ではないかと竹子と梅子は疑っていた。
本人かどうか確認する為に竹子と梅子は佐清の手形を取るように迫るが松子は断固として断った。

そんな中、佐武と佐智が珠世と無理やり関係を持とうとするが、次々と何者かに殺害された。
佐武は菊人形に生首を飾られ体は湖に捨てられていた。佐智は絞殺され首には琴線が巻き付けられていた。

佐武が殺害されたあと、松子親子が疑われた。その疑いをはらすため、佐清が手形を取ることを承認し指紋が本人のものと一致した。
殺人事件が起きた頃、珠世の周りでは復員服を着た男が何度か目撃されている。

息子を殺された竹子と梅子は30年前の呪いだと松子を責めたてた。
30年前の呪いとは、佐兵衛の愛人親子 青沼菊乃と静馬を襲った事件の事だ。その襲撃の時、松子が静馬の足に焼け火鉢を押し当て火傷を負わせていた。
菊乃が「斧、琴、菊がおまえたちの身にむくいるのじゃ」と最後に吐き捨てた言葉通りに佐武は“菊”、佐智は“琴”になぞらえて殺害されていたことから、一番惨いことをした松子のせいで息子たちが呪い殺されたのだと。

そして、ついには佐清も殺害されてしまうのであった。
佐清の遺体は“斧”で頭を割られ、湖面から両脚を突き出し沈められていた。

佐清が殺害された後、珠世の前にまた復員服を着た男が現れた。その男は、なんと死んだはずの佐清だったのだ。
佐清と珠世は秘かに愛し合う関係であったのだ。しかし、佐清は珠世に最後の別れを告げ自殺しようとする。

金田一耕助たちに間一髪で自殺を制止された佐清は、今までの殺人事件は全て自分がやったのだと訴えるのであった。

殺害されたゴムマスクを被った佐清は静馬であった。静馬は戦地で佐清と出会っており、怪我を負って先に復員していた清馬が自分と風貌が似ていた佐清に扮して、自分と母親を惨い目にあわせた犬神家への復習を狙っていたのだ。

佐清が戦地から戻った時に自分の偽物がいることを知った。佐清が偽物である静馬を問い詰める為に会っていた時に、松子が佐武を殺害するのを目撃してしまう。
母の犯行を庇うために静馬に脅迫される立場になってしまった佐清は、佐武・佐智の死を「斧、琴、菊の呪い」と思わせるように静馬が工作するのを、無理矢理手伝わされていたのだった。

静馬は本物の佐清だと思い込んでいる松子に、「本物の佐清は死んでいる。自分は犬神家に復讐をするために佐清に扮し忍び込んだ。」と正体を明かした。松子は佐清を殺されたと思いこみ、半狂乱になって静馬も殺害したのだった。

金田一耕助は全ての殺人は佐清ではなく、佐清を思う母 松子の愛情が引き起こした殺人事件だと解明したのであった。

犬神家の一族の事件の発端に隠されたものとは

犬神家の一族の事件の発端に隠されたものとは

犬神家の一族に起きた殺人事件は、佐兵衛が残した遺書状により相続権の奪い合いから起きた事件のように思えます。
ですが、この物語は膨大な財産を奪い合う血肉の争いというものだけではないのです。戦前の時代背景と、様々な人間の感情が絡み合った愛憎劇なのでした。

ここに財閥一家の遺産相続争いに隠された謎が見えてきました。

  1. 佐兵衛はなぜ生涯にわたり正妻をとらず娘達のみ認知したのか?
  2. 愛人の子 静馬を生後直ぐに実子として届け出をださなかったのか?
  3. 姿をくらましてしまった愛人親子を、財界の大物である佐兵衛がなぜ探し出せなかったのか?
  4. 養子 珠世に三人の孫息子の中から配偶者を選ぶのを条件に全相続権を渡すという過酷な運命を、恩人の孫娘に背負わせたのか?

そこには佐兵衛の中にある倫理観が根強く関係していると考えられます。

佐兵衛の中にある倫理観

佐兵衛が17歳の時に貧困状態で信州那須にたどり着いた時、野々宮珠世の祖父 大弐に拾われました。佐兵衛は類稀なる美貌の青年だったのだが、もともと男色好みであった野々宮大弐はその容姿に次第に惹かれていき、佐兵衛をとても愛でて【衆道の契り】を交わした関係でもあったのです。

かつて戦国時代の武将が男色好みだったという話は多いのですが、ただ単に快楽のためのものではなく主従関係にある同士の契りとしての役割があったといいます。野々宮大弐と佐兵衛の間にもまた、精神的な結びつきが強い契りを交わした関係でした。

佐兵衛は独り立ちした後、大弐の妻 晴世との間に恋心が芽生え肉体関係を持つのです。男色であった大弐が妻の肉体に興味がなかったことに罪悪感を感じていたために、佐兵衛と晴世の関係を許していました。
そして、佐兵衛と晴世の間に娘が産まれるのですが、大弐と晴世の子として育てられたのです。
その娘は野々宮珠世の母でした。珠世は実は犬神佐兵衛の孫娘だったのでした。

佐兵衛は男色ではなかったものの、大弐の中にある男色道の倫理的な教えを受けたことでしょう。

佐兵衛と大弐の間には【衆道の契り】による精神的な強固な結びつきがあり、その契りは佐兵衛の中で生涯にわたり破られることがないものだったのではないでしょうか。そのため、女性に対する愛情は大弐が認めた晴世だけだったのです。

また、一代で財閥を築くほど精力的であった佐兵衛です。その原動力となっていたのは、自分の性質を受け継ぐ子孫を数多く残すことだったのではないかと思うのです。なので、子供達は犬神家の子として認知し、犬神家の後世にわたる繁栄を見込んでいた・・・

しかし、野々宮晴世以外の女性は子孫を残すための道具に過ぎず、その子供達も繁栄のための一つの駒にしか過ぎなかったため松子・竹子・梅子と母親達には愛情が注がれることがなかった。
そうだとしたら、『①佐兵衛はなぜ生涯にわたり正妻をとらず娘達のみ認知したのか?』の謎が解けます。

ところが、佐兵衛の愛人であった青沼菊乃・静馬は家宝を授けるほど溺愛されていました。
それは、佐兵衛が諦めていた息子を50歳の年で授かったからではないでしょうか。
昭和初期の平均寿命は48歳。50歳を迎えていた佐兵衛に子供ができるのは奇跡に近く、しかも唯一の息子です。
跡取りが出来たことを心から喜び、その息子を生んでくれた青沼菊乃にも感謝をしていたのです。

なのに、『②愛人の子 静馬を生後直ぐに実子として届け出をださなかったのか?』です。
松子・竹子・梅子に襲撃される前に、実子として届け出を出していれば…と、思うのですが三人の娘の性質をよく知っていたはずの佐兵衛ですから、静馬を実子として迎え入れれば愛人親子の身に危険が及ぶと考えたのではないでしょうか。

息子が成長するまで、青沼菊乃・静馬を別邸で守っていこうとしていたのではないかと思うのです。
そう解釈すると、『③姿をくらましてしまった愛人親子を、財界の大物である佐兵衛がなぜ探し出せなかったのか?』の謎も解けます。

青沼静馬に授けた家宝「よき(斧) こと(琴) きく(菊)」と、「静馬は犬神佐兵衛の子ではない」という一筆が佐兵衛の元に届けば、松子・竹子・梅子が襲撃したであろうことは察しがついた事でしょう。
佐兵衛ほどの財力と人脈があれば青沼菊乃・静馬を探し出す事など容易なことだったと思いますが、見つけ出したことがまた三人の娘が知れば今度こそ命がないと思ったのではないでしょうか。

しかし、遺言状に青沼菊乃・静馬の名があったのは、どこかで生きていることを信じていた(知っていた)からなのか・・・

そして、最後の謎『④養子 珠世に三人の孫息子の中から配偶者を選ぶのを条件に全相続権を渡すという過酷な運命を、恩人の孫娘に背負わせたのか?』です。

これは恐らくですが・・・
佐兵衛は珠世と佐清の仲を知っていたのでは・・・?

佐清が戻ってこなければ遺言状は開封されることはありませんし、佐清が戻れば珠世と結ばれる。
また、佐清が亡くなったとなれば珠世は佐清以外の孫息子の中から配偶者を選ぶことはせず、相続放棄して犬神家から出て行きいずれは犬神家と関係のない人と幸せな家庭を築くだろうと。

いずれにしても、佐兵衛が唯一愛した晴世との血を引く珠世への愛情から、佐兵衛が亡くなった後の珠世の幸せを願ってのことだったのではないでしょうか。

おまけの謎

おまけの謎

松子がなぜ抵抗のできない幼子の静馬に、あれほど酷いことができたのか?

これはあくまで妄想の範疇ですが・・・佐清と静馬は歳も同じで風貌まで似ていたということから、佐清は佐兵衛と松子の間にできた子だったのではないかと(笑)

道徳的には異常な行動ではありますが、もともと女性に対して屈曲した感情しかない佐兵衛ですし、父親からの愛情を受けたことがなかった松子にとっては佐清が佐兵衛から愛された唯一の証しであったのでは・・・

松子の佐清に対する異常なまでの溺愛ぶりと、佐清が産まれた時を同じにして出来た愛人親子 青沼菊乃・静馬に対する狂気に満ちた憎しみ・・・ここにも秘め事があるに違いありません!

犬神家の一族の遺産相続に隠された謎 まとめ

犬神家の一族の遺産相続に隠された謎 まとめ

「犬神家の一族」は原作を読むとより時代の背景がわかり、佐兵衛という人物を読み解くことが出来ます。
原作を読んでみて、またドラマを見ると松子・竹子・梅子の置かれた境遇から狂気に満ちていく心情など違って見えてくるものがあるのではないでしょうか?

また、そこから感じたことを仮定に自分流に謎解きしてみるのも面白いですね。

それと最後に・・・誰であっても身の回りでも遺産相続争いが起きないように、身辺整理 (!?) と遺言状の作成をしないといけませんね・・・